第9回板橋茶論 武田和夫さんと歩く「山谷めぐりツアー」
11月の板橋茶論は、武田和夫さんと一緒に「山谷(さんや)」界隈を歩きます。武田さんは、1948年兵庫県生まれ。東京大学法学部中退。山谷労働者の解放運動を経て、77〜82年まで永山則夫裁判を支援。死刑囚支援を通じて死刑廃止に独自の立場からかかわってこられました。2009年10月11日(日)に放映されたETV特集(NHK教育テレビ)「死刑囚 永山則夫〜獄中28年間の対話〜」でも武田さんは番組内でコメントをされました。板橋区在住で、板橋茶論のメンバーでもあります。武田さんの話しをうかがいながら、山谷界隈の土地の記憶をたどり、締めは浅草雷門そばの神谷バーで「電気ブラン」を味わう歴史散歩です。参加費は無料で、子どもを連れての参加も歓迎です。なお、現地集合です。
■武田和夫さんと歩く「山谷めぐりツアー」
〈日時〉 11月22日(日)13時30分(18時終了予定)
〈集合場所〉 JR常磐線南千住駅改札口(改札口は一つです)
〈見学予定地〉小塚原処刑場跡、南千住回向院、浄閑寺、円通寺、泪橋、日本最大のマンモス交番、山谷労働者福祉会館、吉原大門跡
連絡先:「板橋茶論」事務局(和田 悠) E-mail:yuwada*jcom.home.ne.jp
自動収集を避けるため、正しく表記しておりません。*を「@」にかえて送信ください。
第8回「板橋茶論」のお知らせ 板橋でインターネット放送局を立ち上げる
第8回「板橋茶論」は「地域(板橋)とメディア」というテーマで開きます。今回の話題提供者は農宗靖也(のうそう・やすなり)さん。1971年、広島県福山市(旧芦品郡)生まれ。2002年5月に相方の粟村淳子(あわむら・じゅんこ)さんとふたりで、自宅の板橋区赤塚の自宅から配信するインターネット個人放送局「東京大仏TV」を開局します。毎週日曜日22時からの生放送でしたが、2007年9月30日分の放送をもって、充電期間に入られました。なお、「いたばし JIN☆JIN テレビ~こどもとおとなの自由研究〜」(2歳児の父母であるノウソウとアワムラによる、バラエチィゆるゆるコネタ放送局)は放送中。
他方で現在、農宗さんは板橋区大山ハッピーロード商店街「ハローTV」運営を担当されています。「ハローTV」とはハッピーロード大山商店街の公式テレビ(ネット放送)です。現在、商店街が自前のメディアを持ち、情報発信を行なうことで、地域に、商店街に〈価値〉を発見し、活気を取り戻そうとする試みが全国的に始まっています。「ハローTV」はそうした先駆的な試みのひとつです。
今回は農宗さんの「社会的実験」ともいうべき、「地域にメディアを立ち上げる」経験を通じて、地域(まち)づくり、そこでのコミュニティ放送の可能性と問題といったことを考えたいと思います。なお、コメンテーターには、新聞マンガ研究家の岡部拓哉さんを予定しています。近年のコミュニケーション技術の展開に留意しながら、メディアがつくる地域/地域がつくるメディアの相互規定的関係についてのコメントをお願いしています。
■第8回「板橋茶論」のご案内
板橋でインターネット放送局を立ち上げる
:板橋区大山ハッピーロード商店街「ハローTV」の試み
〈日時〉 2009年10月5日(月) 18時30分〜20時30分
〈場所〉 富士見地域センター集会室
〈話題提供〉農宗靖也(板橋区大山ハッピーロード商店街「ハローTV」運営担当)
〈コメント〉 岡部拓哉(新聞マンガ研究家)
*参加費 300円
■「板橋茶論」へのお問合せ
「板橋茶論」事務局(和田 悠) E-mail:yuwada*jcom.home.ne.jp
*自動収集を避けるため、正しく表記しておりません。*を「@」にかえて送信ください。
よく聴き、言葉を紡ぎだすこと
愛知教育大学教員で教育学が専門の子安潤さんのホームページ「子安潤のインターネット圏」にある雑誌・図書短評Magazineを愛読している。この記事のファンはかなり多いようにも思う。子安さんとは直接にお会いしたことがないが、論文や著作を読む限りだが、信頼できる研究者だと感じている。子安さんの薦めるものは間違いないだろうということで、本を選ぶ際の基準にしている。
そこで最近購入し、連休中に読んだのが、齋藤知也『 教室でひらかれる<語り> 文学教育の根拠をもとめて』(教育出版、2009年)である。世間的には連休だが、連れ合いは生活協同組合勤務で祝日関係なく出勤する。しかし保育園は休園。連れ合いが随分と気を遣ってくれて、職場の同僚に無理をいって半休、有給休暇の消化をしてくれた。ありがたい。それでもやはりストレスがたまるなあー。そもそもこの本を手にしたのには、今夏、法政大学の通信教育部のスクーリングを担当し、そこで国語教員を志望する通教生に出会ったことが影響している。もう一つは、テキストの「読み」という問題を実践的に考えたかったからだ。ちなみに、著者は自由の森学園の日本語科教員。
同書は第一部が理論編で、第二部が『蜘蛛の糸』『高瀬舟』『山椒魚』の実践記録。田中実の仕事に深く学び、ラディカルに思考している一冊である。このブログで批評している社会科教員に同書を学び切ることが必要だと思うと知的興奮状態のなかハガキをつい書き送ってしまった。そのハガキを書きながら確認したことは、丸山眞男のいう他者を他在に置いて理解することの重要性であり、藤田省三のいう「経験」による変貌の意味であり、『山椒魚』『蜘蛛の糸』の実践では読者に対して「東電OL」へのまなざしを反省させる桐野夏生の『グロテスク』を想起した。また、学部ゼミの指導教員であった蔭山宏先生の西郷信綱論の意味もあらためてみえてきた。経験をモノと人との相互交渉と定義づける藤田だが、モノを「実体」ではなく「実体性」として理解する必要が私にはあったのだ。
また、齋藤は「読み」を民主主義の問題としても提起している。また共同体への自己批判=更新に通じる、状況を開く「読み」に倫理的可能性を見ている。抑制の利いた「自森」批判もよかった。抑制が利くのは、齋藤もまた共同体に加担していることを自覚しているからだ。
ある人の話に対して、「半分わかって、半分反対したい」というような腰の軽い聴き方ではダメなのだと思う。徹底的にわかるか、わからないか、わかりそうでわからないのか。よく聴くこと、そして、言葉を紡ごうとすること。言語が認識である以上、既成の言葉で自己(他者)を了解するのではなく、言葉を紡ぐなかで自己を更新していくことが認識を深めていくのだと思う。よく聴き、言葉を紡ぎだすことを齋藤自身が実践している。だからこそ、齋藤は学生の「他者」足り得ているのだ。ここでは、感想を安易に書き表わすなといった内田義彦が思い出される。これまた蔭山先生の西郷信綱論に引用されている。
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